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    GEN'sログ(雑記)

    魔神ガロン(秋田文庫)
    『サンダーマスク』と一緒に買った3冊のうちの一つです。

    説明するまでもない、手塚の人気作ですね。
    諸般の事情で版が色々あるようですが、これも文庫で全1巻だったので選びました。

    ストーリーは、隕石の形で宇宙人が送り込んだ、地球人テスト用の巨人兵器“ガロン”と、その良心にあたる独立した別人格の人型部品“ピック”をめぐるSFアクション譚で、地球人がガロンを悪用すれば、直ちに地球は滅亡させられてしまうのだが、それを理解しない様々な悪党一味が入り乱れてガロンやピックを奪い合うといった感じ。

    ガロンは後楽園球場に金属部品が融解しかけたような塊で落ち、独自に異常に気付いた博士によって組み上げられる。姿形は面取りされた芋のように多数の平面で構成され、ローポリゴンのCGで表現したギリシャ彫刻の如き。
    バラバラになると、部品はL字やI字の薄い板状で、そのときの効果音は「カシャカシャ」なのが独特で面白い。
    また、初期の頃は、よく見知った姿に触覚がついていて違和感があるが、デザイン的にもヘンだと気付いたのか途中から出てこなくなる。(ピックが近付くと伸びてくる設定)

    ピックは東北の寒村に赤ん坊の姿で落ち、学校の先生に拾われると、同じ日に生まれたケン一の弟ケン二として育てられる。が、3歳ぐらいから一向に育つ気配がなく、ときどき「ピック、ピック」と何かに反応するため呼び名はピック。永遠の幼児ピックの姿は角のないアトムで、実はガロンの左胸の中のハートの器に納まることで、心のないガロンの良心として作用する。
    育たないのは身体だけではなく、おつむの方も3歳児。無邪気に誰彼構わず愛想を振り撒き事態を混乱させてしまう。
    ただし異常に可愛い。

    昭和30年代前半に描かれた作品なんで、ストーリーの運びは書き送ったようであまり褒められたものではないんだけど、アイデアは次から次で溢れんばかり。絵も丁寧な初期ディズニースタイルがまだ残っていてデザイン的にも素晴らしい部分が見られます。
    ただ、海龍王編の終盤から描き手が変わったらしく(代筆らしい)、著しくヘタクソになってしまった結果、現在の単行本ではその部分が未収録なのが普通らしい。この単行本もそこで終わってます。(秋田文庫版には、以前全3巻のものがあったようで、それには全編収録されているのかもしれない)

    一応、完結している話なんでヘタでも読んでみたいとは思うんですが、ネットで代筆部分の絵をみたら、これが子供のいたずら書き並みのどヘタクソで、それ見たら、もういいかな、と。(笑)


    ちなみに、60年代と70年代に2度実写映像化が試みられたらしいですが、どちらも失敗。
    そのパイロットから、前者は『魔神バンダー』が出来、後者は『サンダーマスク』に引き継がれたようです。
    そう、偶然なんですが、前に読んだ『サンダーマスク』と『ガロン』とは関係があったんですね。ビックリ。
    どうも、隕石が2個降ってくるプロローグとか、似てるなとは感じてたんですよね。

    こうなると(どうなると?)、『ガロン』の映像作品が見てみたくなるな。実写じゃなくてもアニメでもいいだろうね。むしろ、お金掛けられない程度の実写になるぐらいならアニメの方がいい。今風に設定作り直して劇場作品だな。



    最後に“異常に可愛い”でお馴染みのピックのご尊顔を。

    pic.jpgこの、屈託のない顔。
    憂い奴じゃ。
    | 本、コミック感想 | 19:16 | トラックバック:0 コメント:0
    手塚版「サンダーマスク」(秋田文庫)
    古本屋でなんとなく何か買って帰ろうかなと偶然手に取った一冊です。
    揃ってないシリーズ物の1巻目だけとかを買うのが嫌だったんで、全て1巻で完結しているものばかり3冊購入。


    「サンダーマスク」といえば、72年の特撮ドラマが有名ですが、これはその原作。
    ではなくて、コミカライズという、手塚にしては珍しいタイプの作品。

    ストーリーはといいますと、元のドラマとはサンダーマスクのデザインと一部の役名が同じ、ということ意外全く違います。

    ドラマの方は、“宇宙から侵略目的で怪獣が送り込まれ、それを普段は人間に化けている正義の宇宙人が倒す”といった、典型的なウルトラマン型の話ですが、手塚はそれを“サンダー”と“デカンダー”というガス状炭素生命体VSガス状珪素生命体の、一対一のシンプルな戦いの話にし、地球上で実体化するための宿主をそれぞれ、主人公とヒロインにして最終的には悲恋物に仕立てました。

    構想よりだいぶ短くなったらしく(たぶん打切り)、未消化で後半かなり早足ですが、非常に面白いです。
    手塚自身が狂言回しになるのは「バンパイヤ」と同じで、手塚の漫画家としての生活が出てくることで、作品の現実感が増しています。また、あの、いかにもヒーロー然とした派手な格好も、元の宇宙生物としての素顔が怖すぎるので、手塚がコスチュームをデザインしてあげる、という理由でメタな楽屋落ちに一役買っています。

    2つの隕石の形で地球に飛来し、巨大な宇宙人同士が戦うという、そのまま「ウルトラマン」に重なる部分も多いんですが、人体を借りる理由や、変身の制限時間、変身したときの意識の有無など、「ウルトラ」の方で問題になりがちな部分の理由付けがことごとく理に適っており、いちいち良く出来ているなと関心。SF物としても珪素生物(ケイ素を主原料とする生命体でSF作品にはよく出てくる)に乗っ取られると最終的に石になるなど、(思いっきり元ネタありそうですが)なかなか。

    様々な生き物に乗り移りながら(サンダーは命光一のみ)戦うという部分では映画の「ヒドゥン」にも近いですね。

    謎めいた導入の仕方や、バイブル(モノリスみたいなもの)の登場、怪しげな秘密結社に珪素ガスによるディザスターな展開。それに手塚の真骨頂、フェティシズム全開なエロ(というほどの物ではないですが、やっちゃってるんだな)などなど、本人が言うとおり、作品が長くなってたら結構読み応えのあるものになってたでしょうね。

    絵もいいんですよね。丸っこい感じがそこはかとなくエロティックで。女の子も可愛いし。
    個人的にはサンダーの素顔と、それを踏まえてのコスチュームを、手塚版としてもう一度リメイクしたいと思わせるだけのものがありましたよ。

    それと、余談ですが、サンダーの元の姿はカラス天狗みたいな羽毛で覆われた鳥人なんですが、これ、「ウルトラマン」の最初期デザインのベムラーにちょい似なんですよね。それがツルッとしたスーツを着てヒーローになるって・・・、これはまさか、手塚流のパロディーってことは・・・、ないですよね。

    さらに、どうでもいいことですが、自作の「邂逅」(ちょっとした「ウルトラマン」のリメイクです)と、設定に共通項があったりしてニヤリ。


    で、秋田文庫版の解説を大槻ケンヂがやってるんですが・・・・。
    大槻は何読んであの文書いたかな。

    ドラマ版がヒッドイのは伝説級なんだけど、一緒に手塚版のマンガまで失敗作って決め付けてんのはどうなのかと。
    劇中の手塚のセリフを曲解して嫌々描かされている旨を吐露してる、って分析までしてるんだけど・・・。
    違うだろ。

    後半駆け足だけど結構読ませる展開だぞ。

    某漫画家は、手っ取り早く手塚の偉大さを判らせるために、まずドラマの「サンダーマスク」を見せてから、そのあと手塚版を読ませるってことしてんだよね。言わないとみんな「原作がこんなに面白いのに、ドラマは酷い」って感想になっちゃうみたいなんだけど、出来た順序が逆だって教えると、全員仰天するんだとか。「あんなクソつまんない話から、よくこんな面白いマンガ描けるね」って。

    せっかくのアイデアが描き切れなかった悔しさはあっただろうけど、嫌々ってことはどうなのかね。元虫プロの人たちが作ったプロダクションからの依頼だしね。

    ちなみに、サンダーマスクのWikiでは広告代理店の悪行も読めますよ。
    | 本、コミック感想 | 06:15 | トラックバック:0 コメント:0
    終りなき戦い
    010634.jpgジョー・ホールドマンのSF傑作「終りなき戦い」を読んでみました。
    何処かの映画サイトで、「リドリー・スコットが映画化を検討」「長年の夢だった作品の映画化」、というのを読んで無性に読んでみたくなり購入。
    ブックオフとかには無くて新刊を買ったんですが、調べたらコレ、あの加藤直之の“突っ伏した黄土色のパワードスーツ”の表紙で有名な本だったんですね。

    内容としては、大胆にウラシマ効果を扱った戦争SF物で、かの「宇宙の戦士」と並び称される名作。
    実際、“歩兵がパワードスーツで未知の異星人と遠方の宇宙で戦う”と、設定だけ見たらソックリで、比較されるのも当たり前。
    しかし、作品の方向性は全く逆といってもいいもので、非常に興味深いです。

    で、感想はというと、これが異常に面白かった、です。
    何より文章が巧いんで、気付いたら凄いページ読んでたりします。簡潔で独白調が多いですが、事故や戦闘シーンでのセリフのやり取りにセンスがあって、臨場感と感情の綾のバランスが絶妙です。

    もうちょっと詳しくストーリーを説明しておくと、
    潰れ掛けの星、縮潰星(しゅくかいせい/コラプサー)に、あるスピードで突っ込むことにより空間をジャンプすることが出来る“コラプサージャンプ”が発見され、宇宙の大航海時代が幕開けしたのだが、あるとき、のちに“トーラン”と名付けられる異星人の攻撃を受け、その未知の異星人と戦争状態になり、以後1000年以上に渡る戦闘が繰り返される。

    主人公のウィリアム・マンデラはエリート徴兵法によって徴兵され、気が付くと最初から最後まで戦争に参加する破目になる。
    コラプサージャンプは、ジャンプしている者にとっては掛かる時間は“0”だが相対性理論からは逃れられず、ジャンプした回数と加速度に応じてウラシマ効果が生じ、戻ってくると100年単位で時が経ってしまっている。

    初めのうちは、弟が親父ぐらいの歳になってて驚くぐらいだったが、しまいには元の部隊の仲間とも作戦が違ってしまえばジャンプの回数も違い、配属が違ってしまえば、それが今生の別れとなってしまう。
    そのせいで30歳そこそこで1000年もの間を生きてしまい、恋人とも別れ別れになってしまうのだが・・・。

    と、いう感じ。(そう、「トップをねらえ!」の元ネタなんです)

    戦争物で反戦物ですが、恋愛的な要素も多く、最後には感動も待っています。

    ホールドマン自身、ベトナム戦争経験者(怪我して途中で除隊)で、ベースはベトナム。
    その他、ほとんどの主人公の思考が70年代ベース(物語スタート時は90年代の設定)で、その点が「宇宙の戦士」とは大きく違うところ。
    戦争に対する意味も大して持たないまま、というか相手もよく判らないまま戦争に参加し、自分の意思とは違うなかば洗脳されての戦闘(よって、麻薬と精神崩壊は付き物になっている)。
    しかし、地球に戻ってみれば、まるで馴染めない居心地の悪いところになってしまっていて、除隊も許されず、また軍に舞い戻ってゆく。

    こう書くと、いかにも「ランボー」みたいな話に思うかもしれませんが、徴兵されている人たちはエリートと呼ばれるIQ150以上の知能と並異常の肉体の持ち主で構成されてるんで、なんとなく折り合いを付けて過ごしてます。

    なので、嫌々でも、もちろん喜んででもなく、気が付いたら勝手に昇進してしまってあれあれ?って感じでなんとなく進んでいきますが、その全体の感じといい、変わっていく地球の可笑しさといい、満遍なく出てくる性表現と未来人とのギャップ(ジャンプのせいで新しく入隊してくる者は主人公からすると未来の人になる)といい、私はなんとなくフザケてるというか、厭味というか、悪意のようなものを感じて(自分を戦争に参加させたアメリカに対してね)、薄っすら笑って読んでました。

    意外なほど戦闘の回数が少なく拍子抜けするかもしれませんが、その表現はリアルで最後の戦闘は圧巻。(最初もいいですが)
    パワードスーツの表現もリアルで、怪我の処理なども面白いですね。着たくは無いですが・・・。

    とにかくウラシマ効果がそれこそ効果的な使われ方をしているのが面白く、最後まで飽きさせません。
    そしてラストもいいです。(うっかりすると泣くよ)

    主人公の名前の秘密も必見。(笑)


    映画になったら、それは面白いだろうけど(リドリー・スコットが監督するなら特に)、そのまま映像化したら確実に18禁だろうな。



    追記、

    本は是非表紙が加藤直之のバージョンが欲しかった・・・。
    51ZAeg+j5JL.jpg
    | 本、コミック感想 | 06:27 | トラックバック:0 コメント:0
    原作版「バビル2世」「その名は101」
    「リメイクに『バビル2世』を」、というリクエストから、原作への理解度アップのため「バビル」「101」双方読んでみました。

    読んでいる最中ずっと考えていたのが、「これをどう評価したらいいのか」、ということで・・・、正直、読みながら困ってました。

    自分も好きな作品だったし、好きだからこそリクエスト頂いただろうことを思うと申し訳ないというか、「こんな話だったのか・・・」と面食らったというか・・・、
    と、いうのはですね、書きづらいんですが、これがあまり面白くないんですね。

    もちろん、これは見方の問題であって、魅力がない訳ではないし、決して取るに足らない過去の作品ではないんです。ないどころか、印象としては実に現代性のあるテーマと、理性の利いた現実的な表現をしようとしていることが汲み取れます。(背景やメカなども、当時としては劇画に近い感じに描きこまれている部分も多いです)

    「バビル」が便宜上4部、プラス「101」と、一区切り付くたび、徐々に面白さもアップし、「101」では理想の感じで一番面白いともいえます。

    では、序盤、特に第1部がどうしてイマイチな感じに思えたのかというと、(何巻目かで誰かの解説でも書いてありましたが)やっぱり、少年漫画にあって非常に特殊な設定とその作劇そのものにあると思いますね。
    横山作品をこれ以外だと「マーズ」しか読んでいないのに解説めいたことをいうのもおこがましいんですが、まず、非常に物語(ドラマ)が淡白で、主役が初めから強く感情もあまり表に出さない(バビル1世の子孫ということ以外あまり素性も語られない)。成長もほぼしないし、矢継ぎ早に戦闘を繰り返して話が進む。

    要するに、当たり前の少年漫画だと思って読むと、主役目線で一緒に成長していくというお約束が出来ず、主役に感情移入出来ないわけです。さらに話にはドメスティックなドラマの要素が欠落していて(女性はほぼ出てきません)非情なまでに戦闘が繰り返されます。つまり、“戦ってばっかり”ってこと。

    初め、これに面食らって、いきなり途中から読まされているような感じと、終わらない戦闘に、「あっ、そういう描き方なんだ・・・」と、乗り切れないものを感じてしまいました。

    が、しかしですね、見方によっては煩わしい部分がなく、テンポがいいとも考えられるわけです。
    で、これは話も跡目争いだし、いわゆる「三国志」や戦国武将の逸話と同様で、戦術の純粋なぶつかり合い、相手への裏のかき合いが描きたいことの中心なんだと思って読むと、「なるほど」と思うわけです。

    しかも、SF作家としては、ワンアイデアを膨らましていくタイプだと見えるので(事実、当初は第1部、ヨミが砂漠で死ぬところで終わらせるつもりだった)、まず“宇宙人の子孫が5千年後に超能力で激突する”という設定ありきで、さらにおいそれとは設定を覆さない律儀な性格と理詰めで展開していく作劇術とで、到底少年の成長物語にはしたくても出来ない。
    だって、設定上バビル1世の能力をもっとも濃く受け継いだものに2世の権利を譲渡するんで、2世は初めから最強じゃなきゃダメなんです。(ちなみに、ヨミは2番手で落第)

    話も進んで、しもべが3体とも活躍する頃になると、少しずつなれてきて面白く読めるようになって、3部あたりではだいぶ面白く、「101」などは1話ごとにドラマも充実してきてかなり面白いんですけどね。

    それにしても、ヨミの人間味の溢れ方はかなりのもので、浩一に感情移入出来ない分(と、いっても浩一目線で読みますが)ヨミがそのあたりを非常にカバーしていて、悪の側の人間としては凄く稀有な存在感です。
    じゃあ、感情移入出来るの?っていうと、夢が世界征服であのご面相なんで無理ですが、部下に優しく、地球に優しい、指導者としてはかなり優秀で、曲解すれば、ヨミの立身出世話に取れないこともないし、自分より強い相手に頭脳で果敢に挑戦していく話と要約できないこともないほど。

    また、必ず各部のラストには死んじゃうっていうのも面白いというか、情けないというか・・・、いったい、何回生き返るのかと。(笑)
    あと、策に溺れる感じがまた悲しいかな笑ってしまう。
    能力を使い過ぎると老化して死んでしまうのに、うっかりしもべ操りたさから超能力増幅装置に自ら座って干乾になって死亡とか。(原作では能力が拮抗していてヨミもしもべを操れる)
    煙幕をスクリーンにして、映像で浩一を惑わせようと思ったら、その煙幕がなかなか晴れなくて逃げられるとか。
    かなり溢れてます、人間味。

    とにかく、ヨミは浩一のことを恐れていて、気配だけで脂汗ダラダラ。
    事実、ヨミの人間味とは対照的に、浩一は非常に冷徹で徹底的に悪を叩き潰そうとしますし、能力自体もかなり勝っています。
    しかも、しもべがまた強力で、テレビ版とは違ってロデムはあまり活躍しないんですが、その代わりロプロスが大活躍。そして、怖い。とにかくデカいし鳥だか翼竜だか判らないし、ミサイルは撃つは超音波は放つは、攻撃はまったく受け付けないはでロプロスだけでヨミの基地は壊滅状態になるほど。
    でもって、現れたらそれがこの世の見納めってぐらい、さらに桁違いに強いのがポセイドン。
    唯一、足が遅いのが弱点といえば弱点だけど、到着したら最期と思っていい強さ。さすが神を名乗るだけあって、何も効きません。

    浩一の超能力も魅力ですが、やっぱりしもべの存在が作品の要というか最大の魅力と感じます。
    また、ロボットだということ、デザインにも非常に魅力を感じます。
    何気にロプロスのデザインは凄く、怪鳥を描けといわれて果たしてあの格好になる人がどれだけいるのか。(ラドンっちゃ、ラドンだけどね)
    ポセイドンも胴体が樽の横山ロボのラインそのものですが、ちゃんと鉄人ともジャイアントロボとも違う印象なのが凄いですね。
    この辺はリメイクのしどころかと。

    デザインでいえば、ヨミが第3部で造ったV号もいいです。
    あの頭部の感じと、色の塗り分けが面白いですね。

    あと、「バビル」の影響を受けている作品として、よく「ジョジョ」3部が挙げられますが、印象としては一人ひとり超能力者と戦っていく「101」とも似ているし、自分の輸血で増えた能力者と対峙していく「101」やF市の中という限定された空間で展開されていく「バビル」3部後半などは、「ジョジョ」4部とも似ています。

    隔壁をドンドン閉めながら地下に逃げていくヨミの基地は、ネルフ基地の原型のような気も。(違うかな)


    読み終わってみれば、変わってもいるけど、魅力も大変ある作品だ、とあらためて言えると思います。(なんだかんだで結構嵌ってたかと)
    リメイクに関しては、何を何処までやるかはまだ決めていませんが、原作に近いラインでやりたいですね。
    まったく連想も出来ないものではなく、違ってはいてもトータルで見ると、やっぱりそうだね、って感じになるといいかと思います。



    関係ないですが、ヨミのアジトに掲げてある十字のマーク(教団のマーク?)があるんですが、これがキシリッシュのマークとクリソツなんでヒマがあったら見比べてください。
    | 本、コミック感想 | 10:41 | トラックバック:0 コメント:0
    眠れる美女
    k1991314278.jpgおよそ、日頃から文学というものに縁遠いもので、川端康成ほどの文豪の作品の感想を書くなどおこがましいのだけれど―。

    この「眠れる美女」は、筒井康隆の小説紹介エッセイ「漂流」のなかで一遍の「片腕」が紹介されていて、非常に興味深かったので読んでみたもの。

    純文学なんていうと、意外と男女のくっ付いたり離れたり、やれ浮気だ何だって話が多かったり、逆に牧歌的すぎて退屈極まりなかったり・・・、と思ってしまいがちだけど、読んでみると全然違う場合も多い。
    当時の先端なんだから、先鋭的な部分でも評価されていたわけで、表現やテーマがぶっ飛んでることもしばしば。
    当の川端康成もしかりで、横光利一と並んで新感覚派だというのも今回知った次第。(お恥ずかしながら)

    で、この「眠れる美女」は、川端のエロティシズム溢れる短編を三篇収録していて、一遍目が表題の「眠れる美女」。
    年齢的にもう男ではなくなった老人が、何もしないことを条件に裸の美女と一夜添い寝出来るサービスを提供する宿屋の話。老人の少女に対する想像が意外とサスペンスタッチ。

    次が「片腕」。これは、“女性が主人公に右腕を外して貸す”という、なんとも言いがたいような不条理、妄想のシュールレアリスムな一遍。筒井氏が紹介するのも納得。

    最後が「散りぬるを」。自分が憎からず思っていた弟子姉妹を、何もしない間に、よく知りもしない男に2人とも惨殺されてしまう小説家の、事件に対する真相の好意的妄想と慙愧。
    まったく目的のない偶発的な殺人のなかにみるエロティックな妄想の筆致も素晴らしいが、(そこが焦点ではないが)殺人を犯す山辺三郎の何者にもなれなかった焦燥感は現代の若者にも通ずるものがある。

    と、非常に想像していたイメージとはかけ離れていた分、かなりに面白かった。
    詳しい感想は、巻末の三島由紀夫(!)の解説が非常に優れて的を射ているのでそちらにお任せ。

    今回読んでみて思ったのが、文体は非常に読みやすく、そして非常に上品。
    さらに、同じ事がらを繰り返し描いている部分があっても、まったくしつこさを感じさせない。
    さすがノーベル文学賞受賞。
    なかでも、上品さは作品に格のようなものを与えていて凄く好印象で、読んでいて用も無いのに、文章とはかくありたい、と思わせるものがあった。(書く機会なんかないし、あってもマネなど出来ませんが)

    筒井康隆の「漂流」には、安部公房を紹介したページはなくて、「何でか」と思ったが、先人として同種の作品をこのレベルで書かれていたのでは登場の機会もないわな。


    ちなみに、ちょっと調べたところ、「眠れる美女」は何度か映像化されていて、近作ではドイツでも映画化されたとか。
    | 本、コミック感想 | 01:54 | トラックバック:0 コメント:0
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